富岡ロータリークラブ
メイン
トピックス

第29回例会

2015.02.18

29-1 29-2

《卓話》 「富岡製糸場とフランス ~シルクが結んだ日仏交流~」
    富岡市 世界遺産まちづくり部 富岡製糸場課 ダミアン・ロブション 様

 2月18日は富岡市世界遺産まちづくり部富岡製糸場課で国際交流員をされているフランス人のダミアン・ロブションさんに卓話を頂きました。

 ダミアンさんからは、まず最初に2013年に、富岡製糸場の世界遺産登録を願って作成された絵葉書をスライドで説明頂いたのち、我々も知らないような絹産業に関する歴史をご説明頂きました。
 世界一の絹織物製造国だったフランスが、その最盛期を迎えたころにお蚕の伝染病で、甚大な被害を受け、壊滅的な状態に陥ってしまったそうです。そこでフランスの絹産業の救世主として日本が登場しました。日本の良質な生糸と元気なお蚕を必要としていたフランスと、良質な生糸の大量生産を可能にするフランスの機械とノウハウの導入を必要としていた日本。ともに両国の利益が一致、また当時の両国の指導者である徳川慶喜とナポレオン三世も日仏交流の重要さを理解して、慶喜からはフランスに日本産のお蚕の卵を載せた紙を15000枚、ナポレオン三世からは馬25頭を贈られたそうです。
 やがて、当時のイギリス公使館の調査団員であったポール・ブリュナが、明治政府の富国強兵・殖産興業という国家政策のもとで進められた富岡製糸場の設立の指導者として抜擢されます。
ポール・ブリュナが導入して日本の風土に適応させた機械製糸のおかげで、明治政府の念願だった生糸の品質・生産力向上が実現しました。ポール・ブリュナが考案したフランス式繰糸機が300釜も整備された富岡製糸場は当時世界一の規模を誇る工場だったそうです。
 ダミアンさん、流暢な日本語でフランスと日本の交流、絹産業の歴史のお話しを有難うございました。

ダミアン・ロブション様 略歴
1987年 フランス北西部 サルト県生まれ
2005年 高校在学中にロータリークラブの国際交流事業の一環で転校生としてやってきた日本人学生との出会いをきっかけに、日本語を独学で学び始める傍ら日本について情報集集していくうちに、日本文化に興味を抱く。
2008年 映像制作専門学校で2年間勉強した後、パリにあるフランス国立言語文化学院の日本学部に入学。
2010年 交換留学生として上智大学大学院に入学するとともに初来日。
2013年 7月 国際交流事業であるジェット・プログラムの一環で富岡市の新規国際交流員として3度目の来日を果たす。