富岡ロータリークラブ
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第21回例会

2014.12.03

21-1
《卓話》 「上野国一ノ宮 貫前神社は何故二神号なのか」
      木曾義仲史学会々員 井上正明 様

【貫前神と抜鉾神】
 富岡市一ノ宮に鎮座する貫前神社は、不思議なことに『貫前女神と抜鉾男神』のふたつの神号を持ち合わせている。全国を見回しても例を見ない特殊な神社である。信濃国小県郡塩田平、現在の長野県上田市下之郷中池に鎮座する『日本中央・生島足島神社』が唯一似ているが、『生島神と足島神』のふたつの神号を合わせて表示し、本殿には床が無く大地が御神体としている。
抜鉾神とはいかなる神か。
塩田平・生島足島神社の南側に『古安曽』の地名が残り、物部一族が九州の阿蘇から移り住んだとの伝承がある。そこから上野国碓氷郡磯部郷へ流され、磯部君を名乗り郷の東側に物部一族の氏神『健経津主命』を祀った。現在の安中市鷺宮3308番地所在の『咲前神社』で、『先の宮』が変化した地名であると思われる。
 咲前神社の由緒に因れば『安閑天皇元年』(534)6月、磯部朝臣小倉季氏(貫前神社々家尾崎氏と思われる)創建とあるが、その頃は古安曽に居たと思われる。
咲前神社の御祭神に『大己貴命・保食命』が祀られているが、大己貴は大国主命の別名で、建御名方命の父親でもある。