富岡ロータリークラブ
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第26回 例会 会員卓話 茂木 龍治 君

2021.01.27

「 私の人生に影響を与えた人 」    卓話  茂木 龍治 君
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 前年度,最後の会長卓話で人との出会いについて,話させてもらいましたが,今日は          
そのパート2として,私に少なからず影響を与えてくれた人のことを話します。     
 その一人Aさんのことは,私が子供のころから,名前や世間の噂程度の事は知ってい     
た程度で,私とは住む世界が別で将来的にも友人関係になるとは思ってもみなかった。     
皆様の中にもAさんを知っている方がいらっしゃると思いますが,どちらかといえば,良く     
ない印象をお持ちの方が,大半だと思います。     
一言でいうならば,遊び人,〇〇の放蕩息子,というのが巷での評判でした。そんなAさ
んとの付き合いは,私が30歳の頃,知人の紹介で,名刺を交換したのが始まりでした。
初対面にもかかわらず<妙に馴れ馴れしい人>というのが,私の第一印象むでした。
その後Aさんから積極的なアプローチがあり,10年ほど付き合いが続く事になりました。
私はAさんより6歳若くほぼ100%誘われる側で,私から誘ったことは一度もなかった
です。Aさんは話題が豊富で,話が上手く,どんな場でもムードを盛り上げ,いつも皆(スナ
ックの女の子やコンパニオン)を楽しませてくれました。又,Aさんは歌が大好きで,その
歌唱力は玄人はだしだった。二人の活動の場は自ずからカラオケスナックでした。私も
歌は好きだったので,それなりに楽しんではいましたが,自分から進んで歌うタイプではあ
りませんでした。それでもいつも何曲もうたわされました。「プロはそんなに何曲も歌わな
いものだ,前座が歌ったあと2~3曲歌えば充分だ」とうのがAさんの自論でした。余談
ですが,実際にAさんはかつて{富岡ブルース?}という曲名のレコードを出したことがあ
りその作詩は湯井 重子さんです。Aさんとお付き合いを始めて数年過ぎた頃,「龍ちゃん
彼女いるの」と聞かれ「いない」と答えたら,「俺は30歳過ぎた頃,このままでは一生結婚
できないと,焦りを感じたけどな」と言われ,少なからず衝撃を受けたことを覚えています。
男は結婚して家庭を持ってやっと一人前。ましてや経営者が嫁をもらえないんじゃいつ
までたっても経営者として半人前だということだった。私は当時,結婚する気もなかった
し,焦ってもなく,急に結婚しなきゃいけないのかなと思うようになった。それから間もなく,
Aさんの設営による,ある飲み会に参加し現在の妻との出会いに繋がっていく。人生に
おいて生涯の伴侶を得るということは多くのひとにとって大きな出来事だろう。もしAさ
んがいなかったら妻とは出会っていなかったし,今でも独身だったかもしれない。出会い
の場を作ってくれたAさんに感謝しているのはもちろんですが,それだけでは結婚まで
発展したかは分からないない。もう一つ条件が加わり,結婚へと進むことになりました。
実は妻は私が以前よりお世話になっていたBさんの身内だったのです。最初のデートの
時にそのことを知らされ,これから彼女と付き合うなら結婚を前提にしたものでなければ
ならない。そう心に決めて結婚へとひたすら邁進し,1年後にめでたくゴールインするこ
とが出来ました。私の結婚はAさん,Bさんとの良好な関係があったことで成り立ったも
ので,お二人が私の人生に大きな影響を与えてくれたことは間違いありません。
これからも人との出会いを大事にし,良い関係を築けるよう心掛けたいと思います。
Aさんは残念ながら23年前に47歳という若さで他界されましたが, Bさんとは
今でもお世話になっている,村上 明男さんです。感謝してます。