富岡ロータリークラブ
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2019-20年度  第15回例会  令和元年10月16日  会長の日 卓話   私が入会したころ 茂木 龍治会長

2019.10.24

会長の日 卓話 私が入会したころ 茂木 龍治会長
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 歴代の会長がそうであったように月一度の会長の日の卓話を、私は私なりに一番気を使ってやっております。普段話をするときは何の準備もしませんが、会長の卓話に関してはそれなりの原稿を用意しております。ただ、なかなか原稿通りに行かないところが私の良いところかなと思っております。
 今日は、私が入会したころの富岡ロータリークラブの状況や私が感じたことなどをざっくばらんな話として提供していきたいと思います。

 今から21年前の1998年(平成10年)10月7日が私の富岡ロータリークラブへの入会日でした。実はその数年前、富岡中央クラブからのお誘いがありました。ただ、当時はそんな余裕はなく、お断りした経緯があります。もしも中央さんに入っていたらどうなっていたかな?などと思うことがありますほぼ同時入会に県信用組合の松井誠さんがいらっしゃいました。松井さんの入会日は9月30日。当初、私も同じ日の入会予定でしたが、三女の出産予定日と重なり翌週に先送りしてもらった記憶があります。当時の会員数は61~2名。42歳だった私は若い方から数えて4~5番目でした。中には私の親よりも年上の方もおり、私にとっては少々場違いな雰囲気でした。入会時の会長は今井源八さん、幹事は宮前有光さんでした。入会式では大変緊張してよくお覚えていませんが「伝統ある富岡ロータリークラブに入会できたことを光栄に思います。」というような挨拶をした記憶があります。心からそう思っていたかは皆様のご想像にお任せします。
 例会では、各テーブルに最初に来た会員が年齢に関係なく、お茶当番をしており、それは何となく微笑ましい光景でした。当時の昼食はSAAが手配したものが用意されておりました。残念ながらメニューによってはかなり残飯が出ていたようで、中には不満を口にされる会員もいたようです。会員全員が満足できる食事というのは難しかったようで、SAAの方も苦労されていたのではないかと思います。私もSAAのとき半期ごとのメニュー作成に携わりましたが、結構時間がかかり大変でした。今のSAAは、食事のメニューを考えなくてもよいだけ負担が軽減されているのではないでしょうか?
 もう一つ、今の例会とは異なっていたことがあります。それは喫煙に関してです。当時は喫煙者が相当数いらして、例会場も禁煙に統一されておりませんでした。私の記憶では、会長が喫煙者の年度は禁煙ではなく、嫌煙者の年度は禁煙という今に比べればかなり緩やかな規制でした。タバコを吸わない私は、はっきり言って禁煙でない年度は辛かったです。
 入会して間もなく、担当委員長から財団寄付の依頼がありました。まず、何のための寄付で、強制なのか任意なのか?こちらとしては納得のいく説明が欲しいのですが、その場で「Yes/No」を迫られている感じで、断る選択肢はありませんでした。米山奨学金も同様です。一般の寄付というのは「どのような趣旨で何に使われるのか?」という説明を聞いてから、協力するか否かを考えるものだと思いますが、ロータリーでは、上から目線での「徴収」ではないか?と感じました。
 当時、例会場は群馬銀行だったのですが、月の最終例会だけはナウリゾートホテル(当時)が会場でした。時々間違えていつもの例会場の群馬銀行へ行ってしまい慌てたことが何度かありました。いまでは懐かしい思い出の一つです。初めの数か月はロータリーの雰囲気に慣れず、ロータリーソングも歌えず、「今日も楽しい」どころかなんとも気の重い例会でした。
 さて、初めて地区大会に参加した時の事です。プログラムは午前から夜の懇親会までとなっていましたが、昼食後の会場は空席が目立つようになり、富岡クラブも二時過ぎには退散しました。午後の部には記念公演が控えており、講師は作家の五木寛之でした。私は内心公演に期待していたので、少々拍子抜けした感があります。この時以来、「地区大会は終わりまでいなくても良い」というあまり褒められない認識が植え付けられました。
 入会3か月ほど過ぎた頃、プログラム委員長から、今も続いている新入会員の卓話要請がありました。何を話したらいいのか悩んだ結果、「中小企業の世代交代」について話しました。私自身、父から経営を引き継いでまだ間もない頃だったので、自分の体験も踏まえての卓話でした。話の内容は一言でいうと「後継者が決まっているなら世代交代は早いほうがいい。」というものでした。社長がまだ若く余力を残してバトンを渡せれば、仮に後継者が不適格であった場合には、また社長に復帰すればすみますが、「もうこれ以上頑張れない、もう限界だ」というところまで引っ張った場合、若しくは社長が急逝した場合、後継者が何の予行演習もなく、ぶっけ本番で社長になる・・・そう考えると企業としてはとても心配だと思います。当時会員の大半は世代交代予備軍にあたる経営者でした。つまり、その人たちに遠回しではありますが「早く社長をやめたほうがいい!」と言ったことになります。なんとも私らしい卓話だったと思います。卓話のあと何人かの方から声をかけて頂きましたが、お一人の方を除いては概ね肯定的なものであったと記憶しています。
 以上、21年前の記憶をたどりながら私自身、懐かしい思いに浸ることができました。今後も私の体験から、会員の皆様にご理解頂ける楽しい富岡ロータリークラブになるよう、尽力していきたいと思います。