富岡ロータリークラブ
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2018.12.15

第21回例会 会長卓話「上毛カルタ」 岩瀬克巳会長

上毛カルタについて

群馬県の各地区には上毛カルタ大会があり、
毎年県大会が行われているがその内容について調べてみました。
お、し、や、などの詳細な内容を発表していただきました。懐かしいカルタの話でした。
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青少年交換留学生 山田眞子さん、お母様に ご挨拶に来ていただきました。
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2018.12.15

第20回例会  卓話 「タッチケアで認知症ケア」
整体サロン悠楽    セラピスト 茂木美保様
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タッチケア あまり聞き慣れない言葉ですが、福祉大国スウェーデンで1960年代に未熟児ケアをしていた看護師によって考案されました、毎日体にタッチすることにより体温が安定し体重も増えたそうです、これは温かさを感じることにより乳児に安心を与え母親からの愛情と同じ安心感を与えるからだと考えられています。
スエーデンではタッチケアにより保育園や学校での暴力や問題行動も減ったとの報告もあるようです。
病院ではガンやリューマチなど痛みのある患者さんにも応用され治療に効果があった報告もあります。
認知症のケアにも応用されていて徘徊や暴力行為が減ったとの報告もあります。
タッチケアは病気は直すことは出来ないが病気による症状の改善が期待できます。
日本で言う「手当て」だそうです。
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ビジター紹介
大泉ロータリークラブ
公共イメージ
槻岡行支 委員長様
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2018.12.03

第19回例会  会長卓話「サッカーとラグビーの話」       
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自分はスポーツが好きです、サッカーとラグビーもよく観戦しますが、
不思議に思っていたことがあります。まずは手を使う、使わないについてです、
サッカーとラグビーは元々一緒のもので何をやってもよい戦いだったそうです、
あまりにも危険なため、手を使ってはいけないものがサッカー、手を使ってもよいものが
ラグビーに変化していったそうです。
またサッカーの大会には、イギリスの中でイングランド、ウェールズ、スコットランド、アイルランドの4チームがが予選に出てくることです、
元々イギリス発祥のスポーツなので基本的にはイギリスの4チームが元祖なのだそうです、
FIFAの副会長は必ずその4団体の中からから出ているそうです。
 ラグビーには「ワンフォアオール、オールフォアワン」という言葉があります、
「一人はみんなのために、みんなは一人のために」と訳されていることが多いのですが、
実は他の訳があり「一人はみんなのために、みんなで1つの目的のために」ということだそうです。
会社やロータリーの活動にもつながることだと思います。
 日本では野球が盛んですが、国際的にはサッカー、ラグビーが大変盛んです、
日本でも大きな大会は国立競技場をいっぱいにするほどの人を集めることがあります、
最近はジャパンも強くなり強豪国ともいい試合ができるようになってきていてこれからが楽しみです。
企業はスポンサーとしてスポーツを援助して盛んになっていければいいのではないかと思います。
私もスポンサーとしてゴルフ大会ができるようになればいいなあと思っています。
群馬県でも西濃運輸さんが野球に力を入れています、社長さんは宮崎の出身の方です、

当クラブ会員でも しののめ信金さん、群馬県信用さんが野球に力を入れているようです。
スポーツを支援しているということで企業イメージもアップすると思いますので、
皆様の会社でもどうでしょうか。     卓話ありがとうございました、 
岩瀬カップ・・・ 期待しています。

2018.12.03

米山奨学生卓話 「ベトナムの観光紹介」 ヴー ティ タンタンさん
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私の出身地はハナムというところです。ベトナムの北部ハノイ市の中心部から60キロくらいのところにあります。
ハナムの特産品は、バイン・クオン・チャーという米粉で作った蒸しクレープと味付けして
炭火で焼いた豚バラ肉、肉団子にハーブ、シソ、バジルなどを加えた料理で魚醤をつけて食べるものがあります。
他にバイン・ダー・ケーというおやつのようなものもあります。
 ベトナムは大きく分けて、北部、中部、南部とあります。
 北部のハノイはベトナムの歴史を象徴するような政治文化の中心地です、
「民族博物館」「ホーチミン廟」などがあります。
観光地としては「ホアンキエム湖」があります、伝説の大亀が棲むという、ハノイ中心部に位置する湖で亀の塔と呼ばれる島があります。
 中部の観光地は、「ホイアンの古い町並み」があります、
町全体が世界遺産として認定されている歴史ある町です。
ホイアン文化歴史博物館は元々お寺だったところを改装して博物館に仕上げられています。
また南西にある山岳リゾート「バナヒルズ」に巨大な橋を持ち上げているような「黄金の橋」と
まるで黄金の龍のような「ドラゴン橋」があります。
 南部にはホーチミン市があります、通称サイゴンと呼ばれベトナム戦争でアメリカ軍が駐留したところです。
そのほか各地にゴルフ場がありますので、是非お越しください。

2018.11.11

新会員卓話   「ソフトテニスと私」  廣澤英樹君
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スポーツをいろいろやっています、その中でソフトテニスは競技、指導者として現在も関わっています。
ソフトテニスは競技人口60万人います、中学校の部活動では338,000人の競技人口があり1番です。
高校では野球が多くソフトテニスは84,000人になってしまいますが
硬式を合わせたテニスの競技人口は今でも1番多いです。
 私の競技歴は中学からの15年間です、その後の指導歴は西中で8年ほどありますので
合計20年になります。
中学2年で町民大会優勝、3年では甘楽郡で優勝して県大会に出場しました。
高校時代は指導者がいなかったので自分たちで工夫しながら練習していましたが、
残念ながらもう一歩のところで関東大会、インターハイは出場できませんでした。
      卓話ありがとうございました。
新会員入会式    ご入会おめでとうございます
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高橋 満君 
  群馬銀行富岡支店 支店長

高崎高校野球部出身、現在も野球に携わっています。

富岡ロータリークラブ野球部に頼もしい戦力が加わってくれるとうれしいです。    
よろしくお願いいたします。

2018.11.03

富岡どんと祭り風船無料配布
10/20 皆様お疲れ様でした。
大勢の子供たちが喜んでくれました。

(どんと祭りでクラブ作製の
 風船を無料配布しました)
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2018.11.02

2018~2019年度    第15回例会      平成30年10月17日
卓話  「米山月間に因んで」  湯井知昭米山奨学委員長

日本のロータリアンの夢・・・1952年に米山基金事業構想「平和日本」を
世界へ、日本の友人を増やし平和を実践する人材
を育てる。
 米山奨学事業とは・・・日本で学ぶ留学生を支援、日本のロータリー独自の
事業、世話クラブ・カウンセラー制度による深い交流
 使命・・・将来、日本と世界を結ぶ懸け橋となって国際社会で活躍し、
ロータリー運動のよき理解者になる人材を育成すること
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ロータリーでは世界各国から奨学生を受け入れていて、中国が最も多いが今年はベトナムが
2番目に多くなっている。富岡ロータリーでは現在までに9人の奨学生を受け入れていて、今年はベトナムからの留学生、ヴーティ タンタンさんを受け入れています。奨学生、学友の人たちは就職する最初の企業が日本であっても将来は自国に帰りたいと思っている人が多いように思う。タンタンさんも前橋のIT企業に就職が決まっているが、将来はベトナムに帰りたいそうです。タンタンさんの近況は積極的に行事に参加していて、最近のバーベキューでは人のために良く動いていて感心しました。富岡祭りの風船配りにも参加してくれるということです。11月には卓話を予定させていただきます。クリスマス会、キムチの会にも参加してくれるようです。残り半分になってしまいましたが、これからもよろしくお願い致します。また米山奨学会寄附金のご協力もよろしくお願い致します。
オブザーバー 横尾健司様 高橋 満様
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2018.10.18

正義とは

1 人の道にかなっていて正しい
こと。
「正義を貫く」「正義の味方」
2 正しい意義。また、正しい解釈。
「四書正義」

3 人間の社会行動の評価基準で、
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今回は「正義」と言う題でお話を致します。
古代ギリシャ、ローマ時代には正義とは「各人に各人の分を」という簡潔な言葉で表現され現在の百科辞典では「人の道にかなっていて正しい事。人間の社会行動の評価基準で、その違反に対して厳格な制裁を伴う規範。人間の行為を正しい、正しくないというように判断する為の基準が正義である。」等々と書かれております。
今も昔も人間社会では自分の正義の正当性を主張せざるを得ず、国内紛争,しいては世界紛争を引き起こしてしまう。皆それぞれに正義を持っていて通常ではぶつからないが時として正義対正義の衝突が起きてしまう。
世の中で騒がれているパワハラ問題。
指導者、上司、先輩、親、妻,夫 様々な立場で自分の正義を主張ばかりしていると当然、衝突が起きてしまう。スポーツ関係でも連日のようにセクハラ、パワハラの騒ぎが発生しています。指導者のパワハラについて考えれば昔から熱血指導者という言葉があり良い意味で自分を犠牲にしてでもという意味と悪く捕らえれば正にパワハラとなってしまう。パワハラとなれば誰からと無く(本人も含め)訴えられてしまう。日常でも熱くなり自分の正義《主張)を貫こうとすれば必然と衝突が起きてくる。この主張の按排を皆さんは心得ていらっしゃると思いますが、私自身 肝に銘じて他人の正義も認めながら生活して参りたいと考えております。

2018.10.18

新会員卓話         「私」       岩井久典君
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私は下仁田町で生まれで、下仁田小学校、下仁田東中学校、富岡高校と進みました。小学校時代は成績は普通で目立たない子供でした。中学校に進み部活動は軟式テニス部に入りました。1年の時は玉拾いが嫌であまり一生懸命ではなかったのですが、2,3年生になっては頑張りました。中学生になってからは成績も年々良くなっていきました。富岡高校に進学後テニス部が無かったのでハンドボールでもと思ったのですが大変そうなのでやめ、必修クラブのバトミントンに入り3年間続けました、大会にも出場するようになったのですが週1回、1時間の練習だけでは本格的にやっている人には勝てませんでした。高校卒業後、飛行機関係に興味があり機械関係の大学に進みました。東京での生活で初めてのバイト先に岩瀬克巳君が来たことがあり、今にして思えばご縁があったんだなと思います。時間になってしまいましたので続きは後日とさせていただきます。
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地区大会での米山
奨学生紹介の様子
タンタンさん、素敵な民族衣装ですね!

2018.10.18

卓話     「私の想うこと」     村上明男君
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私は宮崎で生まれたらしいが、生まれたところを見ていないので確かではないです、一ノ宮で育ったのですが、貧乏だったのと、母親に大きい声で怒られていたこともあり劣等感の塊でした、小学校5年生の時に父親が起業し、門前の小僧で、機械や鉄に親しみ育ち、あまり友達と遊んだ記憶がないくらい家の手伝いをしていました。
その後富中に進み、750人の同級生がいたが、知らない人の中で孤独感の塊だったです。中学校では軟式テニスをしていたが、母親がグランドに呼びに来て、家の仕事を手伝わされていた、そのころから現在の仕事の下地ができていたようです。
その後高崎工業に進み、機械の勉強をしました、計算尺が得意で、水戸工業で行われた大会にも出場しました。富中から3人の方が高崎工業行っていたが1組だった自分が一番勉強ができたと思っている。 その後日産ディーゼル工業に就職し、機械が詳しいところを買われ、試作品作成の部署に異動になりそうだったが、そこに移ると退職できなくなりそうで、家から帰って来い と言われていたこともあり、家業を継ぐことになりました。
家業を継いだ後も兄が帰ってきたこともあり、いろいろ大変なこともありました。 人生が急変したのは、西毛機械青年部に入ったことでした。小林夏夫さんたちと知り合い、ほとんど外に出ない生活が一変しいろいろな人と話をし、夜も寝ないで仕事をしても青年部に行くことが楽しい時代でした。総会にスーツネクタイ姿で行くとか知らないこともありました、小林夏夫さんとは親友と思っていますが(相手はどう思っているかかわからないが)当時からお世話になっています。飲めない酒を代わりに飲んでくれて、おいしいものは私が食べました。
あと70年は生きられないでしょうが、ゴルフを楽しみに頑張ります。